【高い英語力には高い日本語力】
現在BSプレミアムで再放送されている『刑事コロンボ』。
私の大好きなミステリードラマの一つです。
何度となく見ていますが、やっぱり引き込まれます。
犯人が最初からわかっている、いわゆる倒叙ミステリーと言われるジャンルで、
あの『古畑任三郎』(フジテレビ系のテレビ西日本で再放送中)もそうですね。
刑事や名探偵が、犯人の思わぬ落ち度を突いて次第に追いつめていくのは、
倒叙ミステリーのだいご味ですね。
今回取り上げたいのは、『刑事コロンボ』や『刑事コジャック』など、
たくさんのアテレコ(音声吹き替え)の翻訳を手がけられた、
額田やえ子さんの、見事な日本語力です。
額田さんの著書『アテレコあれこれ――テレビ映画翻訳の世界』から、
コロンボとコジャックで、同じ原文をどう訳し分けているか、
いくつかご紹介します。
もし、コジャックまたはコロンボをご存知なければ、
検索などで調べて、雰囲気をつかんでから見ると、
訳し分けの際立った手腕がより感じられると思います。
◇Come on!
コジャック「早くこい / とぼけんな」
コロンボ「こっちこっち / まさか」
◇Let me see that.
コジャック「見せてみな」
コロンボ「ちょっと拝見」
◇That’s what I thought.
コジャック「狙い目通りだ」
コロンボ「あ、やっぱりそうでしたか」
◇Hold it!
コジャック「待て!」
コロンボ「あ、ちょっと / あ、そのまま」
◇I don’t like it at all!
コジャック「気に入らねえな!」
コロンボ「納得できませんねえ」
これらはほんの一例ですが、
読売新聞看板コラム「編集手帳」の6代目執筆者、竹内政明さんに、
「額田さんの才能が羨ましくてなりません」(*1)と
言わせた理由がうかがえるようです。
額田さんは、前出の著書で次のように語っています。
――問題は英語ではなく、日本語なのである。
登場人物の年齢、地位、性格、生活環境に応じて、
その人物にいちばんふさわしいと思われる言葉を組み立てていく能力と、
組み立てに応じられるだけのボキャブラリーを持つことだ。~
日本語の問題が解決しても、まだドラマに対する理解という問題が残る。
製作者の意図、演出のねらいを正確につかめないと、翻訳はガタガタになってしまう。
特にアテレコの場合は、長さに制限があるから、限定された長さの中で
どれだけ正確に伝えられるかがポイントになってくる。――
基本的に母国語の力がないと、外国語は使いこなせません。
英語を学ぶみなさんは、どうか日本語の勉強も怠りなく。
(*1)竹内政明『「編集手帳」の文章術』
【「うちのカミさん」誕生秘話】
余談ですが、コロンボの名セリフと言えば「うちのカミさん」。
さぞや額田さん会心のヒットフレーズと思いきや、そうではないそうです。
「うちのカミさん」は、額田さんがもともと好きな言葉で、
文学者のKさんが使っていたのを拝借したとのこと。
ディレクターやプロデューサーが納得してくれるか自信はありませんでした。
コロンボは当初、NHKのUHFで放送され、
第一期の8本は別の翻訳者Iさんが担当し、「女房」となっていましたが、
その後に額田さんが出した「カミさん」が残りました。
つまり「カミさん」は、通るか通らないかの心配はしたものの、
言葉の選択そのものには何の苦労もしなかったそうです。
それが、番組の人気が上がるにつれて
もてはやされるようになったのですから、
額田さんとしては面はゆい限りで、話題が「カミさん」に及ぶと、
最初のころはどうしても歯切れが悪くなったものだった、と。
後世に残る名文句は、意外にも……という話はいろいろありますが、
「うちのカミさん」にもおもしろい背景があったんですね。