【避難しない人が大半】
「自然は絶対人間側の事情を考えない」
災害の歴史がライフワークという歴史学者、磯田道史さんの言葉です。(*1)
今年もそうですが、毎年繰り返される痛ましい自然災害の発生は、
まさにその通りだと痛感させられます。
時節柄よく放送されている水害関連番組を見ていて、
共通する重要な教訓を1つ挙げるとすれば、
「早く逃げる」に尽きると思います。
無駄に終わってもその方がいいわけですし、
命を落とすよりは、はるかにましです。
――とは言うものの、それがなかなかできないから、
毎年人的被害が出ているのも事実。
2018年、岡山や広島を中心に200名を超える死者・行方不明者が出て、
各地で甚大な被害が発生した西日本豪雨に関し、
ウェザーニュースが実施したアンケートがあります。
以下は、豪雨の影響が大きかったエリアに絞って集計した結果です。
Q:避難するべき状況でしたか?
はい 8%
いいえ 92%
Q:実際に避難しましたか?(「はい」と答えた人対象)
避難した 16%
避難しなかった 84%
避難しなかった理由(複数回答)のトップ3は、
家のほうが安全だと思った 49%
自分の周辺は大丈夫だと思った 44%
避難する間の道のりが怖かった 18%
【避難情報の見直しを重ねるものの】
西日本豪雨時に、避難する人が少なかったのは、
情報がちゃんと伝わっていないからだ、と反省した政府は、
2019年6月より、防災情報を5段階の「警戒レベル」で
発信することにしました。
しかしそれでも、同年10月の台風第19号(令和元年東日本台風)で、
多くの人が避難の遅れなどにより被災しました。
そこで政府は、避難情報のさらなる見直しに着手します。
「自らの命は自らが守る」意識を一層徹底するとした上で、
今年4月に災害対策基本法改正。
5月から、避難情報の伝え方を以下のように改めました。
警戒レベル5 緊急安全確保
警戒レベル4 避難指示
警戒レベル3 高齢者等避難
警戒レベル2 大雨・洪水・高潮注意報
警戒レベル1 早期注意情報
これについて、政府広報オンラインには次のような説明があります。
≪これまで、警戒レベル4は、「避難勧告」と「避難指示」の
2つの情報で避難が呼びかけられていましたが、
「避難勧告」を廃止し、「避難指示」に一本化されました。
また、警戒レベル5は、「災害発生情報」から「緊急安全確保」に変更され、
直ちに安全な場所で命を守る行動をとるよう呼びかけが行われます。
ただし、警戒レベル5は既に災害が発生・切迫しており
命の危険がある状態であるとともに、
必ず発令される情報ではないことから、
警戒レベル5を待つことなく、
警戒レベル4までに避難することが必要です。》
【立ちはだかる正常化バイアス】
さて、みなさんの中で、どれだけの方が上掲の変更をご存知でしょうか。
行政側の努力を否定する気はさらさらありませんが、
問題の核心は、こうした情報発出のやり方ではないように思います。
危ない可能性は意識していながらも避難行動を起こさないのは、
「正常性バイアス」があるから、とよく説明されます。
正常性バイアスとは、予期しない事態に直面したとき、
それを正常の範囲だと“勝手に”認識する心の作用です。
何か日常的ではないことが起こるたびに深刻に反応していると、
心も体も疲れ切ってしまうので、
それを避けるための防御システムともされます。
これはこれで大事な仕組みです。
ただ、本当の危機が迫った時に、その防御システムが
逆に命とりになってしまうことにも……
想定外の異常事態を、大したことないと思おうとする心の働き――
何だか私には、コロナとかぶって見えてしまいます。
単純に、避難をしない人=コロナを警戒しない人ではないでしょうけど、
それでも共通して言えるのは、
危険を軽視・無視して、もし大丈夫じゃなかった時に、
やられるのは他ならぬ自分自身であり、
他人にも少なからぬ“負担”をかけるという、
当たり前だけれども冷酷でもある現実です。
個人的には、リスク無視も、リスクゼロ志向(信仰?)も、
両極端に振れるのは現実的ではないと思っているだけに、
何事も「正しくおそれる」のは難しいとつくづく感じます。
最後に再び、磯田道史さんの言葉を紹介します。(*2)
「笑われても早く逃げるっていうのがもう鉄則。
笑われても、笑われても早めの移動」
(*1)NHK『英雄たちの選択 水害と闘った男たち~治水三傑・現代に活かす叡智~』
(*2)NHK『英雄たちの選択 日本を襲った“スーパー台風”~今に活かす歴史の教訓~』