【結局頼りになるのは】
先日(3/12)、日テレ系のFBSで『Fukushima 50』が放送されました。
東日本大震災時に、東京電力福島第一原子力発電所で何が起きていたのか、
文字通り命がけで事故の対応にあたった約50名の人々、
通称「Fukushima 50」を描いた映画です。
去年の3月に公開されていて、私も映画館に見に行きました。
その感想も本欄で書かせてもらっています(2020.3.11『震災で忘れていけないひとつだけのこと』)。
今回ご紹介したいのは、昨年刊行された、幻冬舎文庫の黒木亮『ザ・原発所長』。
2015年に朝日新聞出版より出されたものを加筆修正した作品です。
当時の吉田昌郎所長(作中では富士祥夫)をモデルにした大河小説で、
70名以上に上る関係者への取材をもとに、
上下巻合わせて800ページ超にわたって富士祥夫の人生が描かれています。
「無限のエネルギー」という理想とは裏腹に、
安全性を犠牲にしてまでコスト削減の圧力がかかったり、
安全神話やコストカット圧がトラブル隠しを誘発したり、
「原子力という蜜」に群がる政財官や裏社会の構造があったり……、
「本作品には、一部実在の人物や団体が登場しますが、内容はフィクションです。」と
断ってはあるものの、迫真性はさすが作者ならではと感じました。
圧巻は、やはり原発事故への対応です。
苛烈な状況でなんとか対処しようとしている現場と、
それを理解していない政府や電力会社のお偉方のズレを腹立たしく思う一方で、
かつて経験したことのない大災害時には、こうなってしまうのかという複雑な感情もありました。
例えば、極めて緊急事態なのに、政府の意向を忖度する電力会社上層部の姿は、
実に情けないとは思いますが、もし自分がその立場だったらどうするだろう、
もっと言えば、多くの命を左右するレベルの事態に直面して、
責任を負うような言動ができるだろうか、なんて想像すると、
先ほども言った複雑な感情になりました。
そんな私ですが、『ザ・原発所長』で一番印象的だった登場人物は、
所長の富士祥夫は別にして、富士と同い年の原発運転員、八木英司です。
八木は高専卒で、原発を知り尽くしています。
「弁の場所、ポンプの場所、配管の場所、機器類の場所、
そんなのを図面を見て、瞬時かつ正確に思い出せないと、
いざというとき、どうしようもないですからねえ」と言う八木に、富士は、
「優れた運転員は、ここまで考えて仕事をしているのか……」と感心するシーンがあります。
実際、ちょっとしたトラブル時にも、八木は異常を示すランプがつく前に、
予言者のように点灯を言い当てるなど、瞬時に原因を突き止め処置します。
≪八木の頭には、発電所の機器や配管や電気系統の隅々までが刷り込まれ、
それぞれがどのように作用し合うかを、計器類が示す数値をもとに、
コンピューターのように弾き出していた。≫
さらに、大震災時の事故の際も、四号機の使用済み燃料プールの映像をちょっと見ただけで、
八木は故障個所を即座に見抜きます。
「あいつの目、マサイ族か!?」と驚く富士。
そんな八木ですから、富士の信頼も当然のように厚く、
富士は、最後の最後は、残った作業員も生きて帰し、
気心の知れた八木と二人で死のうと考えていました。
まあ、そんなこんなで、言い方は適切ではないかもしれませんが、
八木英司がなんともカッコよく思いました。
もちろん、本当に役立つ人材を見極めて重用する所長も〇です。
いざという時、“大所高所”からいろいろなことを言ってくるお偉方より、
現場に精通したスタッフの方がはるかに頼りになるのは、
日本中いたるところで見かける姿なのかもしれませんね。