【SARS禍で学んだ4つの教訓】
8/10、アメリカのアザー厚生長官が台湾を訪れ、蔡英文総統と会談し、
台湾が新型コロナ対策に成功したのは、
「台湾社会の透明性と公開にあり、民主主義の価値を示した」と称えました。
初動の不手際や情報公開の遅れが指摘される中国の強権体制を当てこすった、
とも見られています。(8/10日経電子版)
当然、中国は猛反発していますが、政治的な思惑はともかく、
台湾が、迅速な水際対策や、ITを駆使したマスク提供など、
数々の手立てが奏功し、新型コロナ感染の波を抑え込んだのは事実。
多くの国から賞賛されていることもご存知の通りです。
6月に放送されたETV特集「パンデミックが変える社会~
台湾・新型コロナ封じ込め成功への17年~」という番組は、
いろいろなことを考えさせてくれました。
2003年に台湾がSARS(重症急性呼吸器症候群)に襲われた際、
当時はまだ原因や感染経路、診断方法や治療法もわかりませんでした。
事前通告なくいきなり病院を封鎖し、感染・非感染にかかわらず、
病院内にいるすべての人を例外なく閉じ込めるなどして、混乱を招きました。
SARS禍から得た教訓は――
(1)水際対策
香港から戻った感染者をキャッチできなかった。
中国の反対でWHO(世界保健機関)に加盟できていないため、
世界の最新情報がつかめず、水際対策の失敗につながった。
↓
WHOに頼れないので、国際的な情報を調べる独自の情報網を構築。
迅速な水際対策につながった。
(2)指揮系統
中央と台北市で、SARS対策に関する意見の相違があった。
↓
中央と地方のすべての取り組みを一元化する感染症対策の組織をつくった。
今回の新型コロナ禍では、すべての組織に対し強い権限を持つ
「中央感染症指揮センター」が毎日会見を開き、
記者や市民からの質問に時間無制限で答えた。
(3)検査技術
当時の台湾では、PCR検査技術が普及してなく、
レントゲンや臨床検査を組み合わせて感染の有無を推定していた。
誰が感染しているのか明確に診断できないため、
建物の中で感染者と非感染者を分離することができなかった。
↓
全土に検査ステーションを161カ所設置し、
1日最大5800件の検査が可能になった。
新たな検査技術の開発も進められている。
(4)パニックによる物資不足
マスクだけでなく、デマ情報でトイレットペーパーも不足。
医療物資もひっ迫した。
市民の間では当局への不信感から、
自宅隔離の要請を無視する者や、陰謀説を流す者まで現れた。
↓
伝染病防治法を改正。デマやフェイクニュースに対処するため、
悪質なデマ情報に対する罰金(300万台湾ドル≒約1000万円)や、
隔離違反者への罰金も規定された。
市民の疑問や不安を吸い上げるため「1922」というホットラインを設置し、
寄せられた声に1つずつ答えた。
【監視システムを受けいれる信頼感】
さらに、改正伝染病防治法では、
感染の疑いがある者に対し自宅隔離を命じる権限が
当局に与えられました。
こうした隔離政策に使われているのが、
「デジタルフェンス」と呼ばれる台湾独自の監視システムです。
複数の通信基地局の電波の強さから位置情報を割り出し、
自宅から外に出たり、電源が切られていたりすると、
違反者として当局に通報される仕組みです。
こうした監視に対し、市民はどう感じているのか。
番組では、若い女性と年配の男性の声が紹介されていました。
女性「民主主義と矛盾した政策だと思います。
ですが、民主主義のもとに多くの同意を得た政策であれば、
実行が可能だと思います」
男性「当局はある程度の時間が経ったらデータを削除すると保証しています。
市民も当局を信じ、緊急事態の対応であることを理解して
この政策を支持しているのだと思います」
【自分の言葉で語ってほしい】
さて、日本ではどうでしょう。
実は日本でも、2009年新型インフルエンザ流行時に、
マスクや医療機器の不足、医療崩壊の危険性が問題になりました。
その対策を具体化しようとしている時、
2011年に東日本大震災・原発事故が起きました。
新興感染症対策の重要性は理解されながらも、
具体化されるまで至らず、やむを得ないものの、
社会的な関心もその対応に移りました。(*1)
新型コロナウイルス禍でどれだけ教訓を得られるか。
台湾から学ぶことは多々あるでしょうけど、
あえて1つあげるとすれば、国民に対する丁寧で誠実な
コミュニケーションがとても重要ではないかと思っています。
その時に大事なこと。
私も大いに同感の、ジャーナリスト増田ユリヤさんの言葉を引用します。
――新型コロナウイルスに関わる記者会見を
何度も安倍首相はしていますけれど、
今ひとつ、その会見での言葉が心に響いてこないんです。
安倍首相自身は、現状をどう考え理解しているのか、
なぜその政策を立案したり、国民に協力をお願いしたりしようとしているのか、
ドイツのメルケル首相のように、
自身の内から湧き出る言葉で語りかけてほしいんですよね。
とはいえ、ちょっとでも突っ込まれるような隙をつくりたくないから、
当たり障りのない言葉が並び、
体裁だけを整えてしまうんでしょうね。――(*2)
もちろんこれは首相に限らず、すべての政治家に言えることでしょう。
もう1つ、上記でも触れられていたメルケル首相の言葉(*3)から引用します。
――開かれた民主主義のもとでは、
政治において下される決定の透明性を確保し、
説明を尽くすことが必要です。
私たちの取組について、
できるだけ説得力のある形でその根拠を説明し、発信し、
理解してもらえるようにするのです。――
「透明性」「説得力」……今の日本の政権に最も足りないものかもしれませんね。
透明性がないため(≒信頼がないため)、
たとえ望ましいことを言ったとしても説得力がないとしたなら、
政府も国民もお互いに不幸でしかないと思います。
広島と長崎で開かれた首相の記者会見が、
新型コロナが感染再拡大しているなかで久しぶりであり、
しかも短時間で切り上げられたとあっては、
(もちろん“正解”が非常に難しい状況であることは承知の上で)
国難時に必要な信頼感が薄れていくばかりのように思えてなりません。
(*1) 歴史学者飯島渉氏(BS1スペシャル『コロナ新時代への提言~変容する人間・社会・倫理~』)
(*2) 池上彰+増田ユリヤ『コロナ時代の経済危機 世界恐慌、リーマン・ショック、歴史に学ぶ危機の乗り越え方』
(*3) 3/18行われたテレビ演説。全文がドイツ連邦共和国大使館・総領事館のWebサイトに掲載されています