【言葉づかいで証言も変わる】
アメリカの認知心理学者で、記憶と目撃証言に関する研究の
第一人者とされるエリザベス・ロフタス先生の実験です。
被験者のグループに自動車事故のビデオを見せ、
半分に「Did you see the broken headlight?」、
もう一方に「Did you see a broken headlight?」と尋ねました。
違いは、「the」と「a」。
結果、壊れたヘッドライトを「見た」と答えた割合は、
前者(the)のほうが後者(a)より多かったそうです。
「the」は壊れたヘッドライトがあることを含意し、
「a」にはそうした含意はないとのこと。
さらに、「車が衝突したときに、車はどのくらいの
スピードで走っていたか?」という質問をしました。
その際、被験者を5つのグループに分け、
「衝突した」という表現を5つの動詞で言い分けました。
5つの動詞は「smashed」「collided」「bumped」
「contacted」「hit」。衝撃度が強い順です。
結果、「smashed」を使って質問されたグループは、
実際より速いスピードを推定し、
「contacted」「hit」を聞いたグループは、
実際より遅いスピードを推定しました。
――(慶應義塾大学環境情報学部教授・今井むつみ『ことばと思考』より)
【言語によって区分けが違う】
言葉一つで印象や記憶が左右されるのは、
英語でも日本語でも同じこと。
英語でそのあたりを使い分けることができれば、
十分に高いレベルと言えるでしょう。
ボキャブラリーは豊かに……
……と締めたいところですが、
事はそう簡単ではありません。
日本語と英語は必ずしも一対一で対応していません。
前述の「衝突した」もそうですが、
例えば「歩く」という基本的な行為を表す言葉にしても、
英語では日本語とはまた違う細かい区分けがあります。
そしてお互いに、母語にない区分けの言葉は覚えにくいのです。
前出の『ことばと思考』によれば、
今井先生も、英語で細かく使い分けがある、
「歩く」を表す動詞を覚えるのにとても苦労し、
今でも数個の動詞しか思い出すことができないそうです。
これらの動詞が使われるのを聞くたびに、
「よちよち歩く」(waddle)、
「よろめきながら歩く」(stagger)など、
無意識に日本語に直してしまい、日本語に直した時点で、
「歩く」としてしか記憶に残らないせいではないか、と。
英単語がなかなか覚えられないと嘆いているあなた、
それにはちゃんと理由があるのかもしれませんよ。